拾年先の折は

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。

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快晴。祝日関係なく授業はある。日が落ちて暗くなってから研究室を出て、鍵を返却して、外に出て歩くと、妙に寂しくなるのは季節のせいではないだろう。B大学ではこうはならない、T大学では遣る瀬なくなる。10年来も通うと、ことさら思い出さなくても思い出していることがある。特にその帰りの道行き、闇中に見ると妙に遠く感じる校門、まばらな人影、つまらない壁、それらがほんの少しずつ寂しさを湛えているというか。寂しいというのが火ならば、周囲から気がつかないほどのささやかさで細かい枝葉などがくべられて、火は大きく燃えずとも消えない、そんな感じで春夏秋冬に関せず夜の道行きならばひとえに等しく寂しいのがT大学の帰りなのだ。だから、安住できたらと期待しつつも、出ていかなければならないように思うことがある。

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。