拾年先の折は

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。

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曇り、ときに青空が見える。洗濯を済ませた。女物の靴下が二足、男物が一足わずかに揺れている。体調はあまりよくない。前日の徹夜だろう。少し睡眠が足りない。体重は83キロ弱。多すぎるので減らすべき。昨夜はBob Dylanの1966年のライブ音源でLike a Rolling Stoneを聴いた。若いからかシャウト多め。もう少し枯れている方が好きだ。

 

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昨日の授業の反省。時間読みが甘かったこと。予定進度を三割ほど残した。不定詞動名詞の意味論的違いを大掴みに説明し、動詞との組み合わせで生じる文意の差を考えさせるのには成功したと思う。ハンドアウトは良かった。しかしまだspeakingに持っていけていない。同僚のK先生はspeaking実践のために飛行機内の座席図などの材料を用意していると知った。授業冒頭も英語で行うという。また、初対面のN先生は、英語でディベートの授業を行い、好感触だったという。受講生の水準がわからないが、やはりゲーム性はモチベーションにつながるようだ。それにしても同僚の先生方には企業人が多い。大学畑出身のほうが珍しいというのも珍しいように思う。

 

Knapp, Visual and Ethical Truth in The Winter's Tale. 2004.

E. Levinasの「他者性」の認識論を多く援用し、Leontesの煩雑なspeechを他者認識の地獄の表れとして解釈を進めている。Levinasの理論に傾きすぎるきらいがあるために主張がわかりにくいが、結論としてはLeontesの下した他者の規定判断は自己認識の反映であるため、「真実」を再選択することができるということ。前半三幕で下した偏執的判断を、また別の認知経路から認識し直すところに最終幕での救済がある、というところか。興味深く思うのは、Leontesの経験する認知システムを観客読者も複製するという指摘。読み込み不足のため、おおよその理解。

 

 

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。