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拾年先の折は

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。

ツアコン

両親と行く出雲旅行の旅程を組んでいる。

今日レンタカーを予約し、ひとまず骨子はこれで完了。

温泉、食事、足まで揃った。

総額は旅行社の宿泊付きフリープラン企画と大差なし。

二泊三日で5万8千弱。ここに昼食2回夕食1回の食費がかかる。

温泉ハシゴしてこれなら我ながら上出来。

朝夕付き連泊コースでは宿と観光地を往復してしまいだものね。

 

小泉八雲を中心に回るのは自分の旅行にお預けだな。

八雲の翻訳態度は逍遥の翻訳に影響を与えた。

「現代語で訳す」翻訳を八雲は自身の訳業でも実践していたはずだ。

ただし逍遥と八雲の「現代語」の射程は違う。

それは翻訳の受容者の想定の違い。

現代はあいまいだ。現在とは異なる。

現在は時系列の縦糸に加えた<点>で、その印で文化を切断して観察する。

現代はより<場>に近い。

現在には現象があるが、現代には空気がある。

空気には流れがある。場の空気は渦を作る。

現在から見ればその渦には、未来をさらった後に過去に流れ込むような背理さえある。

現在語なら使えない言葉が、現代語ならば使えるようなことがあるのだ。

言葉は流通する貨幣だが、貨幣には相場がある。

そんな感じだね。

現貨幣は流通において額面通りの価値しか持たないが、旧貨幣の価値は相場によって変動する。

ここでの相場とはもちろん一国語の中の話。為替相場ではないよ。

 

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。