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拾年先の折は

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。

9

午後から冷たい小雨。S宅で昼まで寝ていた。昨夜は昼は外食にしようと話していたが、起きてみるとその気になれない。といってあまり食材もないため、出前をとることにした。ピザが食べたくなり、ハーフアンドハーフを二枚、四種類のピザを注文した。出前が来るまでの間、先週の地点の観劇のあとで買った生麩ういろうをつまんでお茶を飲む。ういろうは電子レンジで簡単に作れる、Sの父方が岐阜なのでういろうは名物だけど父は好きじゃない、Sは姉妹そろって好きだと、ういろう話をしていると、思いのほか早くピザが届く。多少ういろうでお腹が膨れた感はあるけれども、ピザを二つとも開けて並べると豪華で食欲も出てくる。「夏目漱石の妻」を観ながら四種類のピザを一切れずつ食べた。午後はぼくが洗い物、Sが洗濯と、家事をしてのんびりと過ごす。ぼくは夜の予定のために六時には出かけなければならない。昼食から三時間ほどしか経っていないが、残りのピザを温めて平らげる。S宅を出るころには雨の音が少しおさまったようで、傘の心配をするSに晴れ男だからと自慢をした。外に出ると流石に止んではいなかったが、コートのフードと手ぬぐいで十分凌げる程度の小雨。駅から電車で下北沢に向かう。前から誘われていたイベントで、詩と音楽とダンスの即興パフォーマンスを見にいく。会場のバーに入ると、ほとんど客はいない。片隅のピアノとその周辺が演者のために空けられている。カウンター席に通され、メニューをよく見ずにシーバスリーガルをストレートで注文した。スコッチやアイラの一覧を見つけたのはそのあとだった。パフォーマンスが始まると、想像していたのとは少し違った。ダンスは能楽や神楽の所作を基調とし、ヴォーカルは歌よりもスキャットのテクニックのほうが印象深い。声と舞の即興的絡み合いとしてもパフォーマンスが十分に成立していたように感じる。詩の朗読は想像通りで面白みに欠けた。自作の詩の朗読部分は、執拗にリフレインを用いた物語詩で、これは観客を声量で圧迫して迫力らしいものを出していたが、それがどうにも気に入らない。隣の女性客は途中いびきをかいていた。誘ってくれた演者のひとりに挨拶し、パフォーマンスの構成について聞いた。リハーサルは一度合わせただけで、おおまかな流れ以外は即興だということだった。自作の詩については、以前に書いたものか即興かわからないということだったが、あの反復は即興だろう。反復の間にリズムや展開を整えていたのだろうから、それはテクニックだし、反復の執拗さもうなずける。あとは言葉をどう声に乗せるかだが、クレッシェンドに押すよりも、デクレッシェンドでこちらの耳を引きつける工夫が欲しかった。パフォーマンス後にラガヴーリンのストレートを注文する。むかし吉井和哉がおいしいといっていたウィスキーで、バーに行く機会があったら試してみようと思っていた。華やかな香りがしておいしい。二度目のパフォーマンスが始まる前に店を出る。ドリンク代とパフォーマンス代、合わせて五千円。値段と価値を秤にかけてもしかたがないが、さて、即興ものは規範があってこその楽しみではないかという考えが浮かぶ。演者の尋常の振る舞いと仕事を知っている人ならば、その素地から生まれる即興的振る舞いが面白く感じられる。演者にとっても、ある種の自己言及でもあるし、過去のコラージュともなるし、あるいはそれからあえて離れる挑戦として展開するかもしれないが、いずれにしても過去の最新としての現在形という規範を知らなければ、即興の未来志向は十分には楽しめないのではないか。初顔合わせの即興ものとは、どういう意味を持つのだろう。第一、舞台芸術はすべてがその場その時かぎりで、事前の取り決めがどこまで及んでいようが、あるいはそれが何度複製されていようが、舞台の観客には関係がない。その場で生まれたものがすべてで、最新で、観客にはそれしか知り得ないし、持ち越せない。だから、下準備や打ち合わせや本があろうがなかろうが、本来の観客はそんな舞台裏はちっとも気にかける必要はなくて、その場その時が面白かったり、意味を携えてさえいればいいはずだ。それなのに、演者にとっても観客にとっても、「即興」という前提が事前に置かれているし、そのあるなしが気にかかる。どうしてだろう。「即興」はその場に生起する振る舞いが誰にも保証されていないという責任逃れの言い訳かもしれない。しかしそれでは方法論にすぎない。「即興」の根本的価値はなんだろう。ひとつ言い得るのは、「即興」はまだ誰にも発見されていない何かかえがえのないものが奇跡的に発現するような、予期し得ない奇跡を心待ちにする演者と観客の期待の一形態ということか。通常の、準備されたパフォーマンスにだって、そのような奇跡の瞬間は常に期待されているだろうけれど。結局これも堂々巡りかもしれない。しかしそれでも「予期されない」という価値は残る。それから再現不可能性。ここにもひとつの価値があるだろうが、厳密に言ってすべての公演は再現不可能なわけで、新たな価値というよりは程度の問題。先にもなく、後にも残らず、その場限りの、予期されない、保証もされない、完成のない、再現もありえない、つかみどころのない時間の共有。その時間のために演者は働き、観客は支払う。なんなんだ、これは。

8

友人のKYさん宅で開かれるゲーム大会、というか鍋会にSとともに参加。Uさんのゲームキューブスマブラ大会をするので各自コントローラを準備するようにとのことで、めいめい千円ほどの出費をして臨む気に入りようだったが、肝心のスマブラのディスクを何度セットし直しても読み込まない。これで意気を挫かれて、ゲーム大会はやむなく中止で、ただの鍋会に。食材はマルイの食品売り場で買い込んだ。あんこう鍋と水炊きの二種類の鍋を作ることになったので、ぼくがアンコウ鍋を担当し、大洗で食べ損ねていた「どぶ汁」を試してみることにした。アンコウ鍋用のパック二つにあん肝のパックを追加し、さらに具材にアブラツノザメの肉を加えた。まずあん肝を弱火でとろかす。これはSにやってもらった。とけた肝に味噌と酒を加えてのばし、刻んだ白菜とネギをいれる。水分は白菜から出る分だけで賄うのがポイントらしい。もともと福島から千葉にかけての太平洋沿岸の漁師たちが体を温める漁師料理なのだから、海上で貴重な飲み水は極力セーブするのが理にかなっている。白菜から水が出てきたらアンコウとサメの身のぶつ切りを入れて、煮えるのを待つ。たったこれだけの手間だがすこぶるうまい。あっという間になくなる。残った出汁はほうとう用に取っておいて、つぎに水炊きを食べたのに、その味はあまり覚えていないというほど「どぶ汁」のインパクトが強かった。満腹だったがほうとうを詰め込む。これも格段にうまい。KYさんは年明けに引越しをするそうだから、現在のアパートを訪れるのは今日が最後だろう。次の部屋はさらに広いらしい。酒は神奈川の地酒とボジョレーを飲んだ。酒の会計時に荷物持ちで離れていたから、ボジョレーも安いものを買ったとばかり思っていたのに、そこそこ値の張るものを買っていたらしい。知らずに飲んでしまうとありがたみが減る。飲みやすくまとまった味だったのは覚えているが。引越しのときに捨てるそうだから、哲学辞典を引き取る予約をし、「ジキルとハイド」の少し古い対訳本をもらってきた。

7

昨日の雪とはうってかわって快晴。日が当たるところは暖かい。あとは冷たい。相模大野のコーヒー屋にいる。何ヶ月かぶりなので銘柄がだいぶ入れ替わっているが、経堂の贔屓の豆屋と扱っている銘柄がだいぶかぶっている。取次業者が同じなのだと思う。しかし焼きかたが方式から違うので自分で飲んでいる豆でもおもしろい。

6

初雪。朝七時ごろ、夜が明けて窓外が明るくなったかと思えば雨音も幾分静まっていて、霙がぼたぼた落ちるなかに、成型された結晶が少しばかり余計に空気抵抗を受けてひらひらというよりはすいっと動く、そういう風な雪が混じっていた。十一月中の東京の降雪は五十四年ぶりらしい。すると、むこう五十年はないものかもしれないと思えば、一句読んでおきたくもなる。ぽつねんと一句だけでは見すぼらしので、三句の連作にした。

 

ゆきのふる夜まっくらな夜

雪吸って黒黒光るアスフアルト

しんともこんともせん雪見て寝る

 

一昨年の(ほんとうに一昨年か、昨年も降ったのにあまり覚えていない)東京の初雪のときに撮ったスナップ。未だこのとき以上の瞬間はない。

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5

曇り。3日前の話になるが、Kさんと東京を散策した。早稲田大学の演劇博物館で待ち合わせをするが、人身事故で小田急線が使えなかったので下高井戸まで徒歩で行く。秋晴れで暑いほどだったが、気持ちよく歩けた。駅に到着するとちょうど京王新線が入構していたので乗り込む。大学から文科省実施のアンケート調査についてのメールが届いたので、回答するが、これがおそろしく長い。その間に降りる駅を乗り過ごしてしまった。戻りの電車で新宿三丁目に降りる。電車賃が思いのほか高い。路線の乗り越えがあったためだった。新宿と新宿三丁目間で倍増していた。新宿中央図書館に延滞していたCDを返却し、演博まで歩き、Kさんと合流する。ちょうど日本の沙翁受容に関する展示が催されていたが、後日ゆっくりと眺めることにして、英国古書データベースへのアクセスを求めて早稲田図書館別館へ。しかし設置されているPCはネットに繋がっておらず、目当ての資料には当たれず無駄足となった。気を取り直して、大学の庭などを経巡りながら江戸川橋のほうへと歩く。どこか見覚えのある商店街に入る。以前にも通ったことに思い当たる。食事処を探し歩いていた。そのときの店は潰れて、別の店舗が入っていた。代わりの飯屋を行き当たりに見つけて入る。昭和の古ぼけた佇まいで数十年来一度も換えていないような什器と縁起物の並ぶ定食屋。ぼくは生姜焼きを、Kさんは鯖かなにかの塩焼きの定食を食べ、ハムエッグを分け合った。醤油の濃い味つけにも年季が入っている。三杯は食べられるおかずだったが並盛りのごはん一杯でがまんした。塩焼きも十分に脂が乗っていて、Kさんはいたく感激していた。自宅のガス台を新調して以来、母がグリルの汚れるのを嫌がって焼き物を作らなくなったそうだ。昼食後は高架下を通りながら、印刷業の偉そうなビル群に所詮は印刷屋と悪態をつきつつ東京駅を目指し歩く。ふと自省し、研究を生業とするには性分が向かないのではと弱音も吐露する。神田のバラック古本屋で立ち止まり、三省堂の古書ブースで掘り出し物を漁り、三時間ほどの散策を目に足に存分に味わって、出光美術館に入る。仙厓の禅画の展示を閉館まで眺める。丸と三角と四角の図形に宇宙を見いだすのは禅思想というには西洋的な感じがするという点でKさんと合致。仙厓については名前も知らなかったが、おもしろい展示だった。数年前には白隠の大型企画展があったと思う。他館でも禅画展が開かれているという。禅ブームだろうか。実家のお宮さんは真言宗で地域的にも空海に縁があるため、ぼく自身の宗教観は土着の祖霊信仰と密教のミックスであると思う。しかし初詣に参拝する柳津の円蔵寺は真言宗から臨済宗へ改宗をした臨済宗の寺だ。密教は経典に文字として残る真言を唱え続けて悟りを開き、禅は文字や言葉には言い表せない悟りを修行によって体得する。真言を唱えつづけるということと、言葉には言い表せないものを得ようとするということは、表裏一体のように思える。美術館を出て、神田方面へ。銀ダラを余さず濾したような濃厚なラーメンを食べて、Kさんと別れ、帰宅した。

4

曇り。睡眠は5時間ほど取れているが、頭がはっきりしない。血の巡りが悪い気がする。頭蓋を水瓶にしてたっぷたっぷと揺れているような制御のきかない重みを感じる。

言葉の言枝の言幹の言根の植わった土を翻訳するために。